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0586 第586話 さいごの約束 「第十章 和の月(なのつき)」

また慶応病院へ。家にいると、二十四時間すべての責任が自分にあって、夜中でも目を
覚ましては夫の呼吸を確かめずにはいられなかった。病院ではすべてを看護師さんがやっ
てくれる。プロにお任せして、心からホッとした。入院してから夫はときどき「背中が痛
い」と言うものの、きわめて元気になった。病院では専門の医師による痛みのコントロー
ルができるのもありがたかった。夫もかなり身体がラクになった様子だった。
見舞いにきてくれた同業のいとこと一時間も酒問屋の将来を語りあったり、大学時代の
スキー部の友人たちと冗談を言いあうような元気さだったのに、次第に尿量が減ってきた。
利尿剤の量を増やしても、一日に五〇〇ミリリットル以下の尿量になると、もうニ〜三日
の命だという。ずつと恐れていた腎不全の状態になってしまう。なんとか改善できる方法
はないのだろうか。
夫の父は胃がんで亡くなったのだが、最後のころ腎臓の人工透析をしていたことを思い
出した。若林先生に相談してみると、いつになくきっぱりと「この状態では、僕はやりま
せん」と言う。なぜだろう、あんなに信頼していた若林先生なのに、と裏切られたような
気持ちになったが、そのあとじっくり話を聞いて一応、納得した。「倫理的にやるべきで
はない」という先生のポリシーをていねいに説明してくださったからだ。末期がんの患者
にとって透析をすることは、さらなる負担にしかならない。少しでも永らえてほしいと思
う家族の気持ちはわかるけれど、たくさんの管を入れられて無理に生かされることは、患
者本人にとって、果たして本当によいことなのだろうか……。「人の身体が死に向かうな
ら、自然のままにするべきだと思う」。若林先生はそう言った。機械の力で治せる病気な
ら、とことん闘うが、夫の場合は違うのだと。それを認めることはつらいけれど、おそら
く和彦さんも先生の判断を正しいと思うだろう、そう思えた。
(坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)
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