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0582 第582話 さいごの約束 「第十章 和の月(なのつき)」

クリスマスも終わり、十二月二十六日、長男の直彦は花園ラグビー場で行なわれる全国
高校ラグビー大会に参加するため、大阪に旅立った。
夫は年末年始を家で過ごすために帰宅した。仕事おさめだから、会社に行って挨拶をす
る! と言い張っていたが、何度トライしても起き上がれず、あきらめた。
年が明け、今年も例年どおり、みんなで「あめでとう」を言い合えた。しかし、夫はお
せち料理にも少ししか手をつけず、「食欲がないから」とソファで横になっている。そん
な状態なのに、突然、私の実家に年始の挨拶に行くと言う。栄養剤の点滴をしてもらって
から出かけることにしたが、すっかり血管が細くなってしまったのか、針が入りづらく、
何度も刺し直して痛い思いをしていた。ふと思いついて使い捨てカイロで血管をあたため
てみることにした。有沙がもらったばかりのお年玉で薬局で買ってきてくれた使い捨てカ
イロ四つであたためると、この日は一度で見事成功した。
花園では、直彦の学校のチームがなみいる強豪を相手に勝ち進み、ついにベスト8進出
を決めた。いつも勝つと、直彦から <やったー 勝ったよ!> というVサインメールが届
くのに、今回は<お母さん、どうしよう。勝っちゃったよ>というもの。もう一週間以上
家を離れている直彦は、パパの病状が心配でたまらないのだろう。
<気にしないで! パパ喜んでるよ! チームが勝つとパパも頑張れるから>
<本当? とにかく何かあったら連絡してね。それまでは何も考えないで頑張るから>
<OK
勝ったこと、素直に喜びなさい>
<はーい
>
翌日、うちで取っている朝日新聞には全国高校サッカー選手権開会式の入場行進が写真
入りで大きく出ていたのに、直彦たち清真学園がベスト8入りした記事はどこにもなかっ
た。それを見た夫は、
「おい、敬子! 朝日に電話して文句言えよ」
と私に命じる。「まさか、本当に電話するの?」と聞き返すと、
「あたりまえだろ! 子どもたちが一所懸命やったんだ。花園のラグビーは甲子園とおん
なじなんだぞ」
しかたなく、新聞社に電話した。
(坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)
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