0581  第581話  さいごの約束 「第九章 クリスマスの新酒」

 

 小ビンに入った酒を保冷剤で冷やしながら、病院に持っていった。白と青の蛇の目柄
になっているき猪口も大切に添えて。新酒の味をくのは、蔵元の役目なのだから。
 蛇の目のき猪口は、蔵で酒の質を見るために使う、夫が愛用していたものだった。
 夫は注がれた酒の色をながめ、香りを確かめて、ひと口含んだ。
「うん、きれいな酒だ」
 それが、この有機の酒への言葉だった。
「ほんと? 美味しい?」
「ああ、親方に礼を言っておけよ」
 そう言うと、心から安堵したような顔でベッドに横になった。
 きれいな酒。それは、どんな味なんだろう。私もひと口、飲んでみた。夫のように舌
の上で酒を転がすようにくことはできないけれど、酒の飲めない私の喉にもスッと通
っていくお酒−。 これが「きれいな」ということなのかもしれない。忘れないように
しよう。
 再びキュッと栓をして、残りの酒を冷蔵庫にしまった。イエス・キリストの誕生日に
夫に贈ることができた新しい酒。なんとなく、そのことがうれしかった。

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)