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0563 第563話 さいごの約束 「第八章 坂道を下るように」

十月に入ると、夫はひどい吐き気と食欲不振に悩まされた。きっとTS−1の副作用な
のだろう、また一週間くらい我慢すればよくなるだろうと思っていた。
しかし、一向によくならず、週に一度慶応病院の外来に行くことも断念せざるをえない
ほどになった。このままだと脱水症状を起こしてしまう。とりあえず水戸の日赤病院で点
滴をしてもらうことにした。もう四日も通っているのに、全然よくならない。今日は吐き
気のほかにめまいまでするという。こんなに副作用が長く続くのはなぜだろう。
慶応の若林先生に連絡して夫の症状を伝えた。
「めまいが気になります。もし、水戸日赤で頭のCTを撮ってくれるのなら、お願いして
みてください」
水戸日赤の外科では快く承諾してくれ、すぐに撮影した。その画像を見て、すぐに結果
を教えてくれるものと思ったら、画像診断の先生が読影してからなので、今日じゅうには
無理だという。
ただならぬめまいと吐き気に苦しんでいる夫を目の前にして、明日まで結果を待つのは
耐えられない気がした。
私は近所の開業医、下村先生のことを思い出した。最初に夫の診断書を見て、水戸日赤
に紹介状を書いてくれた、子どもたちのかかりつけの先生だ。下村先生なら六時までやっ
ているから、今日じゅうに読影してくれるかもしれない。
「申し訳ないのですが、CTをお借りできないでしょうか? 知り合いの先生が夕方まで
やっているので、見てもらいたいんです。どうしても今日知りたいんです。こんなに苦し
んでいる姿は見ていられないので」
と無理やり頼み込み、CTの画像を貸し出してもらった。この四日間吐き続け、何も食
べず、身体を横にしてもめまいがして寝ることすらできない夫を、助手席に乗せて帰宅し
た。とても、病院に連れていくのは無理だ。夫をベッドに寝かせ、貴彦と有沙に洗面器と
タオルを持たせて、ベッドの横に座らせた。もし、私が戻るまでに何かあったら、携帯に
電話するように念を押し、チビ二人に夫を託して、一人下村医院へ向った。
(坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)
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