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0561 第561話 さいごの約束 「第七章 生きたあかしを」

九月、直彦の学校の文化祭があった。直彦はラグビー部の連中と「めだちたがりボンバ
ー」という出しものに出演し、身体にフィットしたウェアを着て、武富士のCMと同じダ
ンスを踊った。CMではレオタードの女の子たちなのに、それをごつい身体のラグビー部
員たちが踊ると抱腹絶倒で、二回見てもたまらなく面白い。
帰宅して、早速、そのビデオを夫に見せた。いつもなら、子どものことだと夢中になっ
て見るのに、それもこんなにおかしいのに、まるで無表情。笑わなかった。なぜだろう?
なんとなく様子が変だと思った。
食道がんも再発した今、TS−1が効かなかったら、どうなってしまうのだろう。悪い
ほうにばかり考えがいく。抗がん剤のスペシャリストといわれる平岩先生にもう一度お会
いしたいと思った。また厳しいことを言われるかもしれないけれど、一つでも得るものが
あればいい。それにすがりたいと考えたのだ。
平岩先生に、今慶応病院の外科医の外勤病院でTS−1を処方してもらっていることを
告げると、
「よく処方してくれましたね。でも、あなたがやっていることは、そば屋に行ってピザを
持ってこいと言っているようなものですよ」
「えっ?」
一瞬、意味がわからなかった。
「なぜかというと、外科の先生に専門外のことをやってくれとお願いしているからです。
そば屋でピザを注文したって、美味しいピザが出てくるわけないじゃないですか」
私は、たしかにそのとおりだと思った。でも、心の中で、私たちがそのそば屋が大好き
で、彼の腕を信じているのなら、いいじゃないか。才能のあるそば屋なら、自分なりに工
夫して美味しいピザを作れるかもしれないし、と言い返していた。
たぶん平岩先生は日本に腫瘍を専門とする内科医が少なさすぎることに憤りを感じてい
らっしゃるのだろう。一人一人の患者に合わせて抗がん剤の量や種類を使い分けることの
できる医師が少なすぎる、と。
結局、平岩先生のもとに行っても、夫の治療にプラスになるような糸口を見つけだすこ
とができないまま、失望しつつ帰宅した。
夫はまた会合で留守だった。次男の貴彦が「お母さん、今日はどうだった?」と訊いた。
私は、もうすべてが無理のような気がしてきて、
「もうパパは治らないよ。もうダメかもしれない」
と、つい投げやりな言い方をしてしまった。すると貴彦は言った。
「お母さん、お母さんのこと怒るよ! どうしてパパが治らないって決めるの? そんな
こと言ったら、本当に治らなくなっちゃうよ。いつも、あきらめちゃダメだよって言って
るのはお母さんなのに」
(坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)
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