0559  第559話  さいごの約束 「第七章  生きたあかしを」

 

 その夏の終わり、翌日の検査の時間が早かったので、前の晩は東京に泊まることになっ
た。福生に住む京子叔母が、夜、ホテルまで会いにきてくれた。人間ドックの結果にパニ
ックになっていたとき、癌研を紹介してくれた叔母である。外に飲み物を買いにいって戻
ってきたら、夫が泣いていた。
「おやじが死んで十三年、なんとか家業を守ってきたけれど、俺の代で残せるものが何も
ない」
 その声はひどくかすれていた。そんなふうに思っていたのか……。そんな無念があった
のか……。これまで余命を知らされても、どんなときも、いつも平静に見えた夫の、初め
て見せた涙だった。
 たぶん、このときが最初だったと思う。なんとしてでも有機のお酒を成功させなければ、
と決意したのは。その新しいお酒を和彦さんの生きたあかしにしたい。そう心の底から思
った。

 

 久しぶりに癌研で内視鏡検査をする日がきた。慶応病院に移ったものの、食道に関して
はずっと陳先生にお願いしていた。陳先生は内視鏡検査のときの麻酔の使い方が上手で、
苦しいのが大嫌いな夫は、今日も検査の前に、
「陳先生、いつものお願いします。麻酔を使ってくださいね」
 とお願いしていた。陳先生は笑いながら、大丈夫ですよ、準備してありますから、と請
け合った。
 夫が検査室に入ったのを見届けた私は、待合室のソファに座った。このところ寝不足で、
たとえ他人が見ていても、恥も外聞もなく、ひたすらソファに横になって眠りたい気分だ
った。とはいえ、さすがにそれはできず、ボーッとしながら本を読む。とりとめもなく、
病院に付き添いの家族のための仮眠室があればいいのに、患者の点滴や検査が終わると、
スピーカーから「○○さん、治療が終わりました。お迎えにきてください」というアナウ
ンスがあったら、どんなにいいだろう。そんなことを考えていたら、目の端に陳先生の姿
が入った。あれ、どうしたんだろう。まだ内視鏡検査をやっているはずなのに。

 先生は私を探していた。今まで何度も内視鏡検査を受けたけれど、先生が私を探したの
は初めてだ。一体、何があったのだろう。
「坂本さん、ちょっといいですか? こちらへ」
 夫のいる検査室に通された。まだ麻酔が効いていて、眠っていた。陳先生は今撮ったば
かりの胃カメラの写真を手にして、
「残念ながら出てきてしまいました。この小さいプツプツしたものは、がんです。食べ物
が通らなくなるまでには、まだ少し時間がありますが……」
 思いがけないことに、私は息が止まりそうになった。
「半年くらいは食べられますか」
 陳先生は寂しそうに首をかしげた。
「先生、やはりTS−1を飲んだほうがいいですか?」
「今しか飲めないから、飲んでおくのもいいかもしれませんよ」

 TS−1というのは胃がんに効くと言われている抗がん剤だが、カプセルなので、食道
がふさがると飲めなくなってしまうのだ。以前、平岩先生に相談したときにすすめられた
のだが、当時TS−1は保険診療では使えなかった。もし、使うとすれば、自費診療でや
ってくれる病院を探さなければならなかったが、若林先生が外勤で通っている病院で処方
してもらえた。そして、経過は陳先生が診てくれることになった。
「まず、三〜四週間飲んでみてください。ご本人には話しますか?」
 夫が「俺は陳先生が、『大丈夫ですよ』という言い方が好きなんだ。あの言葉を聞くと、
安心するんだよ」と言っていたことを思い出した。
「今日は言わないでください。いずれ、言わなければならない日がくると思います。その
ときでじゅうぶんです」

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)