0557  第557話  さいごの約束 「第七章 生きたあかしを」

 

 七月末、再びMRIを撮り、その結果を聞く日がきた。
「坂本さん、2番へどうぞ」
 診察室に入ると夫が言った。
「いやぁ先生、今回の結果はちょっと怖いですね」
 いつもだったら、私も若林先生に挨拶して横に座るのだが、今日は夫の陰に隠れて
うしろに座った。ずっと下を向きながら、先生の声に耳を傾けた。
「非常に残念ですが……大丈夫ですか? 今回は肝臓の右葉に一センチくらいの転移
が三個ありました。あと肺に一ヵ所、小さいですけれどね。腎臓にも一ヵ所異常を見
つけました。薬が効かなくなってしまったのかもしれません。
 そのとき初めて、外来の診察室で、若林先生と看護師さんを前にして、私の頬を涙
が伝った。ついに全身にがんがまわってきたのだ。
 夫の背中に額をくっつけて下を向くと、もう正面を向けなかった。
「ほら、敬子、しようがないだろう。先生、すみませんねぇ」
 背中の私を、夫が手のひらで軽くポンポンと叩いた。
「ご主人より奥さんがダメですか……」
「すみません。ありがとうございました」
 診察室のドアを閉めると、夫はいきなり、
「敬子、会社どうしよう?」
 とささやいた。落ち着いて話を聞いていたように見えたけれど、実は余命と仕事の
ことを必死に考えていたのだ。最悪の結果だった。もう肝動注は効かない。

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)