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0540 第540話 さいごの約束 「第四章 希望がみえた!」

帰宅してからも直彦の吐き気はおさまらず、不安になってきた。救急病院の医師はまだ
若く、脳外科は専門ではないと言っていたし……。夫と相談して、近くの下村先生に診て
もらうことにした。
先生はCTを見るなり、
「ここに出血していますね」
と言う。
「えっ!?」
「脳室内出血です。すぐ点滴をしましょう」
私は身体が凍るような感覚に襲われた。夫はがん、そのうえに大切な長男も命を奪われ
るの!? 椅子に呆然と座ったまま、涙が頬を伝った。
下村先生はていねいに説明してくれて、今すぐ命にかかわりはないこと、点滴をすれば
脳の腫れはひくし、出血は吸収されるという。でも、壊れたガラスを貼り合わせたような
状態なので、もし、もう一度同じ所を打つと、半身不随になったり、命の危険がある。し
ばらくのあいだ、とにかく安静にするようにとの指示を受けた。
眠れない一夜のあと、翌日、直彦はかなり元気になった。思ったよりひどいことにはな
らずほっとしたが、もう、ラグビーはできない。せっかくトライを三本決められたのに。
「直彦に何かあったら、おまえが困るから、ラグビーはやめさせるしかないな」
と夫は言った。元気になった直彦と話し合ったが、本人はどうしてもラグビー部をやめ
ないと言い張る。仲間がいるから主務(マネージャー)として頑張るというのだ。私はあ
と高校の三年間があるのだから、卓球やバドミントンなど自分の身体を動かせるようなス
ポーツをすすめたのだが、断固として聞き入れてくれなかった。直彦の人生なので、直彦
に任せるしかない。
グラウンドの隅からプレイを見ている直彦に、
「みんなと同じに走りたいとは思わない?」
と聞いてみた。
「それは、思うよ。でも、もう自分でも試合に出るのは怖いから。だけどね、お母さん、
先輩を見ていて思うんだけど、主務の仕事って大切なんだ。俺、ずっと続けるよ」
そうして、直彦は部活で忙しい毎日に戻っていった。
しばらくして、同じラグビー部の子のお母さんから、
「子どもたちがね、絶対に直彦君を花園ラグビー場に連れていく! って言ってるわよ。
直彦君に花園のグラウンドを踏ませるために強いチームになるって。みんな、直彦君のこ
と大切に思っているのよ」
と聞かされて涙ぐんでしまった。高校ラグビーの夢である花園出場。それがかなう日が
くるのだろうか。親としては認めたくないと思った主務だけど、だまって見守ろう。
直彦の事故というとんでもない出来事は起こったものの、一応平和な日々が続いていた。
このまま、このまま、と心の中で祈りつづけていた。
(坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)
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