0531  第531話  さいごの約束 「第三章 可能性を求めて」

 

 とはいっても、平岩先生のおっしゃっていた都立駒込病院の食道がんの化学療法に熱心
だという先生にもアドバイスをもらえたらと思い、その医師を訪ねてみることにした。外
来受付に行って聞いてみたところ、患者本人抜きで先生にお目にかかるのは難しそうだっ
たので、一日でも仕事のできる日を減らしたくないという夫の気持ちを尊重し、午後から
癌研で外来がある日の午前中に一緒に駒込病院に行くという計画を立てた。予約制なので、
それほど待たずに先生に会うことができた。
「私なら、次はイリノテカンを使います」
 ひととおりの説明を聞くと、先生はそう言われた。当時、イリノテカンは食道がんには
未認可の薬だったが、命がかかっているのだから、奏効率の低い薬より有効だと思われる
薬から使うというのだ。絶対に試してほしい。しかし、癌研では使えないと言われていた。
そのことを相談すると、
「では、私が陳先生に紹介状を書いてあげましょう」
 と言って、すぐに書いてくださった。
 紹介状を握りしめて癌研に向かった。はたして陳先生は承諾してくださるだろうか。ど
きどきしながら、先生に手紙を渡した。
 陳先生は読みながら、頭を抱えて髪をかきむしるようなしぐさをした。
「そうですか、駒込病院の先生はイリノテカンを使うと言ったのですか……」
 しばらく沈黙が続いた。
「では、イリノテカンを使いましょう。通院でもできるのですが、初回は副作用が心配な
ので、二泊入院してください。入院日は追って連絡します」
 ありがたかった。
「よろしくお願いします」
 と深く深く頭を下げた。

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)