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0530 第530話 さいごの約束 「第三章 可能性を求めて」

退院したら、ただちに仕事に専念したいと思っている夫に、病気について調べている時
間はない。パソコンや本で調べるのは私の役目だった。国立がんセンターのサイトを開い
て、平岩先生が推せんしてくれた医師の診察日を確認した。しかし、その先生の外来は少
し先だったので、すぐに診てもらえそうな先生を探した。とにかく明日行ってみたいが、
大丈夫だろうか? すぐにがんセンターに予約の電話をしてみた。その電話の応対がてい
ねいなことに驚いた。おそらく混乱してかけてくる人も多いだろうし、若い人もお年寄り
もいるのだから、こんなふうにやさしく対応してもらえると、どれだけ救いになるだろう
と思った。医療相談料一万五百円を支払えば、確実にお願いできることがわかり、翌日、
国立がんセンター東病院の外来を訪れた。
天井が高くて通路も広々とした、まるでホテルか図書館のような病院だった。通常の外
来診療が終わってから相談を受け付けるため、かなり長い時間、待つことになった。陽子
線、PETなどあらゆる最新設備が揃っている。さすがに国立の研究所だと感じた。でも、
それだけに研究データの取れない患者は診てくれないのではないかと、不安にもなる。
いろいろと思いをめぐらせているうちに、順番がきた。
診察室にいたのは三十代の落ち着いた医師で、話しやすそうな雰囲気を持っていた。そ
こで、つい陳先生に対して感じていた不安も口に出してしまったのだが、なんと陳先生は
ほんの少し前までこのがんセンターでこの先生と一緒に仕事をしていたことが判明した。
「とても優しくて優秀な先生ですよ。今でも交流はありますし、陳先生はがんセンターと
同じレベルの情報をすべてお持ちです」
と先生は言う。私は、免疫療法について聞いたとき、陳先生がパンフレットに目もやら
ず「この病院を出てからにしてください」とにべもなく言われたので、途方に暮れたこと
を話した。
「それは、まだまだ十分標準治療のできる患者さんが、苦痛のないという触れ込みの免疫
療法に夢をみて転院し、つらい思いをしたケースをたくさん知っているからですよ。ここ
に陳先生がいらしたときも、ひどく悪化して戻ってきて、土下座までして『また診てくだ
さい』という患者さんがいました。そういうつらいケースを見ているからこそ、そうおっ
しゃったのだと思います。
先生に言われて私はハッとした。陳先生の穏やかな性格では、他の病院の治療の悪口を
言うはずもないし、込み入った事情をじっくり話し合うには外来での時間は短すぎる。先
生もつらい立場にいらしたのだと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
結局、がんセンターでの医療相談は、主治医である陳先生への信頼感を取り戻せたとい
う点でよかったと思う。癌研で化学療法を受けることへの安心感を与えてくれた。
(坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)
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