0529  第529話  さいごの約束 「第三章 可能性を求めて」

 

 ぜひ意見を聞かせてもらいたいと思う先生がいた。それは、NHKの番組で知った平岩
正樹先生である。平岩先生は抗がん剤のスペシャリストで、まだ日本では承認されていな
い薬を効果的に副作用なく使用する方法を探っていた。画一的なプロトコル(治療計画)
に従って処方するだけの一般的な抗がん剤治療を批判し、日本に抗がん剤の専門家が少な
すぎることを指摘する、医学界では少し異色な存在のようだった。しかし、テレビで見て
強い印象を受けた私は、著書「がんで死ぬのはもったいない」を早速購入し「週刊現代」
での連載をバックナンバーまで探して読んでいた。

 平岩先生のがん相談は土曜日のみで、毎週水曜日に電話して予約するのだが、なかなか
電話がつながらない。やっと予約が取れてほっとしたものの、さて、夫と一緒に行くべき
かどうか、私は迷った。噂によると平岩先生はとても厳しいことをズバスバおっしゃるら
しい。夫が同席したら、ひどくショックを受けてしまうかもしれない。幸い(?)酒造組
合の会合のある日だったので、私に任せると言う。それでも何だか心細く、実家の姉に一
緒に来てもらうことにした。
 目つきの鋭い平岩先生は、厳しいけれど理解しやすい言葉で説明してくれる医師だった。
 夫の病状を説明すると、次のようなアドバイスをしてくださった。

1.棺桶に足を半分突っ込んでいるような状態なんだから、より有効な治療から優先して
  試すべきだ。また、有名病院だから抗がん剤の種類がたくさんあるとはかぎらない。
2.国立がんセンターでは、外来診療をしている経験ゆたかな先生に有料でセカンドオピ
  ニオンを申し込むことができる。治験という形で新薬を使用できる可能性があるから、
  国立がんセンター東病院の食道で有名な先生の外来に行ってみる価値はある。
3.抗がん剤専門の医者が日本の病院にはほとんどいない。化学療法科がある癌研は、い
  いほうである。
4.都立駒込病院に食道がんの抗がん剤治療について熱心な先生がいる。

 非常に有益な情報を教えてくださったことに感謝したが、噂どおり平岩先生はとても厳
しい話し方をされる。余命についてもはっきりとおっしゃるので、やはり夫を連れてこな
くて正解だった。あと十年は生きたいと思っている夫が平岩先生の話を聞いたら、どんな
思いをしただろうか。

 帰宅して「今日はどうだった?」と夫に聞かれ、まさか棺桶に足を突っ込んでいる状態
とは言えず、
「セカンドオピニオンをとるなら、都立駒込病院と国立がんセンターに行ってみる価値が
あるみたい。国立がんセンターの東病院なら千葉の柏だし、茨城からは通いやすいでしょ
う。すぐに行ってみるね」
 と答えた。

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)