0528  第528話  さいごの約束 「第ニ章 闘病が始まった」

 

 肝臓への転移を調べるために血管造影検査をしたのだが、とりあえず血管腫ではないこ
とがわかった。これが転移したがんかどうかを調べるには、直接針を刺して組織を取って
調べる生検しかないということになる。
 生検の結果はシロだった。私は思わず「わぁー!」と歓声をあげてしまったのだが、そ
のあとに続いた言葉は「でも、クロと見なします」。まるで、わけがわからなかった。陳
先生は本当に良い医師だったが、言葉数の少ない人で、どう判断していいのかわからない
ことが多かった。あとで他の医師に聞いたところ、針を刺したところの組織がたまたまシ
ロだったという場合もあるので、もしクロなら疑いなくクロだが、シロだとしてもクロの
可能性はあるのでクロと見なす、ということらしい。
 とにかく生検ではわからなかったので、全身のがんを探すPET検査を受けることにな
った。当時、癌研には機械がなかったので、西台クリニックに行って検査することになっ
た。
 PET検査は、がん細胞が通常の細胞より多くのブドウ糖を消費する性質を利用して、
ブドウ糖によく似た構造の薬剤を注射し、それが集まる場所は画像上で光るので、どこに
がんがあるかがわかるという診断方法である。夫の場合、この検査では肝臓が光らず、が
んと診断することはできなかった。しかし、経過をみていくうちに、肝臓の影が増大した
ことで、がんであるとの診断が下された。

 

 ケモラジの2クール目が終わる直前の六月二十二日、有沙のバレエの発表会があり、週
末に夫は一人で病院から戻ってくることになった。本番は日曜日だったが、放射線治療で
体力の落ちた夫が人ごみの会場で長時間観るというのはどうなのだろうと心配していたと
ころ、バレエの先生が土曜日のリハーサルを観てもいいと言ってくださったのだ。有沙に
付き添うため迎えにいけなかった私の代わりに、水戸駅まで夫の姉が迎えに出てくれた。
普段あまりベタベタした姉弟の関係ではないので、
「姉貴が俺のこと駅まで迎えにくるなんて、俺は死んじゃうんだなぁ」
 などと言うので、姉はあわててしまったらしい。
 とにかく無事に発表会の会場に着き、マスクをしたまま観客席で有沙の晴れ舞台を見て
もらうことができた。

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)