0525  第525話  さいごの約束 「第ニ章 闘病が始まった」

 

 放射線治療が開始された。放射線照射というと「被爆」という言葉が浮かび、恐怖だっ
たのだが、実際の治療はCTのときと同じような台に寝て、「♪カッコー、カッコー、ラ
ラララ」と一瞬音楽が鳴ったら終わりというものだった。外で待っていると、「♪カッコ
ー、カッコー」と聞こえて、すぐ終わる。有沙は病院に来ると「パパは今日もカッコーへ
行くの?」と、地下にあった放射線室に付き添っていったりした。これはラクな治療だね、
抗がん剤みたいな副作用もないし、と言いあっていたのだが、長く続けると皮膚が焼けて
きて、喉に炎症が起こる。つばを飲みこむのも痛いという状態になってきた。
 でも、病室に子どもたちがいる日はにぎやかで楽しい。癌研の図書室には山ほどマンガ
が置いてあるので、貴彦と有沙は抱えきれないほど本を借りてきて、パパの狭いベッドの
足元と枕元にもぐりこんで、帰る前に読み終えようと必死になっていた。

 食欲がなく、食べ物の詰まりやすいパパのために何か買ってこようとスーパーに買い出
しに出かけたこともあった。少ししか食べられなくても栄養のあるもの……。それぞれに
考えて選んだものは、
 私… チョコレート、カロリーメイト (これは、あとで読んだ本の中で医者もすすめてい
    た)、ウイダーinゼリー
 有沙…玉子ぼーろ、チョコレート味のアイスクリーム、みかんゼリー
 貴彦…サラダ味のおせんべい、ヤクルト、ビスコ
 スーパーのかごいっぱいになってしまったお菓子を買って病室に持っていくと、夫は呆
れた顔になった。
「こんなにたくさん、一度に食べられるわけがないだろう」
 その言葉を聞いたとたん、子どもたちがお菓子に走り寄り、
「やったー!」
 結局、自分たちの食べたいものばかりを選んでいたのだ。

 この二回目の入院のときだったと思う。仕事で昼ごはんを買っていくのが間に合わず、
水戸から東京に住む姉に電話して、
「和彦さんのところにテリヤキバーガーを買っていってあげて」
 と頼んだら、すごい勢いで叱られた。
「食生活が大切なのに、なんでそんな身体に悪いものを食べさせているの? もっと考え
てあげさい」
 という姉の言葉に、くやしくて涙が出そうになった。体重を落とさないように、なんと
か食べてくれそうなものだけを買っていっているのに。事情をわかってくれていないと思
った。しかし、その一方で帯津先生のすすめる玄米菜食の食事療法にも興味を持ってセミ
ナーに出たりしていたのだから、矛盾していた。
 たぶん、このころから私は「有機のもの」「身体にいいもの」に興味を持ち始めたのだ
と思う。

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)