0524  第524話  さいごの約束 「第ニ章 闘病が始まった」

 

 五月五日、こどもの日。ゴールデンウィークが明けると、また入院なので、この日は家
族みんなで外食をすることにした。カニ料理の「甲羅」に行った。
 最初にサラダが出てきて、最初のひと口で夫の喉にレタスが詰まってしまった。ひどく
咳き込み、苦しそうな父親の姿に、子どもたちは黙ってうつむく。有沙は見ているのがつ
らくて涙をこぼした。直彦以外はパパの本当の病名を知らなかったのだが、このとき初め
て下の二人もただならぬ雰囲気を察知したのではないだろうか。夫は苦しさに顔を赤くし
て洗面所に立った。
「気にしないで食べよう。そのほうがパパは喜ぶから」
 せいいっぱい明るく言って、夫が戻ってくるまで食事を楽しむふりをする。

 

 五月八日、癌研に再入院した。今回は長丁場になりそうだったので、私は水戸から上野
まで常磐線の定期券を購入した。
 入院した翌日、CT、内視鏡、レントゲンなどの検査をする。肝臓にある影ががんの転
移なのか血管腫なのかわからないので血管造影検査もすることになった。
 週末は病院にいても何も治療できないので、いったん家に戻り、月曜日に病院に戻る。
CTの結果、前より悪化していることがわかった。このままだと食道が詰まり、ものが食
べられなくなってしまう。陳先生に、予定を変更し、放射線を併用しましょうと言われた。
 今まで投与していたシスプラチンと5FUの抗がん剤治療に放射線を組み合わせた治療
をするのだ。これを「ケモラジェーション」、略して「ケモラジ」と呼ぶ。二ヵ月をかけ
ての治療になるという。ケモラジをやれば、七〜八割の患者は食道のがんが小さくなると
いうが、もし残りの二〜三割にはいってしまったら……。

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)