0523  第523話  さいごの約束 「第ニ章 闘病が始まった」

 

 二度目の入院を目前にした四月二十七日、新婚旅行以来初めて夫婦二人きりの旅行
に出かけた。本を読んで感銘を受けた帯津良一先生のセミナーを受けるためである。
 信州善光寺の近くで行なわれる二泊三日のセミナーで、玄米菜食をして気功で免疫
力を高める方法を学ぶのだ。
 実は、その前に埼玉の川越にある帯津三敬病院の外来を予約しようといろいろ手を
尽くしたのだが、順番待ちの患者が多すぎていつになるかわからず、インターネット
で調べてセミナーのことを知ったのだった。

 しかし、夫がこのセミナーに参加した目的は他にあった。近くにある観光地、小布
施に私を連れていきたかったのだ。小布施には有名な造り酒屋、枡一市村酒造場があ
るのだが、ここにアメリカ人女性のセーラ・カミングスさんがやってきて、東京にも
ないようなおしゃれなレストランを企画し、酒蔵ばかりでなく小布施の町全体の活性
化に成功していた。夫は大洗も観光地であることから、造り酒屋の生き残りの方法と
して、小布施に興味を持っていたのだろう。大洗は海水浴で有名な街だが、天気の悪
い日は遊ぶ場所がなくなってしまう。 そんなときに観光客が酒蔵見学できるよう、
うちの蔵を改築していたし、自分がいつの日にかと思っていた夢を私に託そうとして
いたのではないだろうか。
 その旅行のときには、まるでそんなことには気がつかなかった。夫と腕を組んで歩
き、ローカル電車を乗り継ぎ、記念写真を撮りながらの旅に有頂天になっていた。

 小布施から戻ってセミナーに参加したが、食堂に集まり全員で会食するとき、玄米
食が夫の喉に詰まってしまうのではないかという恐れで、ろくに味がわからなかった。
 実は旅に出る前、外来に行ったとき、「以前より、ものが喉につかえるかんじがす
る」と夫は訴えていたのだ。陳先生はCTを見てみないとわからないと言っていたが、
シスプラチンの効果がなかったのではないか? とおびえた。そんな不安を抱えての
旅だったのだ。

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)