![]()
0516 第516話 さいごの約束 「第ニ章 闘病が始まった」

その三日後、携帯に電話が入った。着信ディスプレイの市外局番は03だ。
ひょっとしたら……!? あわてて通話ボタンを押した。
「癌研の陳と申します。ベッドが空きましたので、明日、入院できますか?」
待ちに待っていた電話だったけれど、いざ、明日といわれるととまどってしまう。
パジャマやコップなどすべて準備はできているのに。ひどく緊張し、うわずった
声で、
「はい、必ず明日入院します。主人に伝えます」
と答えた。すぐに夫の携帯に電話をする。仕事の会合に出席していた夫に明日の
入院を伝えると、
「えっ、困ったな。明日は酒造組合で大切な会合があるのに。断って他の日にして
くれよ」
えーっ、この人はいったい何を考えているのだろう! 待っていた入院を延ばす?
せっかくベッドが空いたのに、断ってこのあとすごく待たされたらどうするつもり
なんだろう。いくら「仕事を優先するからな」と宣言していたにしても、断れるは
ずのない入院なのに。とはいえ、今の夫は以前と同じく健康そのもので痛みもなに
もないのだから、本人にもあまり実感はないのだろう。しかし、この入院を逃した
ら、いつになるかわからない。すでに事情を話してあった義母にも協力してもらい、
帰宅をした夫を説得した。
(坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)
![]()