0513  第513話  さいごの約束 「第一章 恐ろしい宣告」

 

 帰宅してすぐ、最初に診てもらった近所の下村医院に電話で報告した。
「奥さんはしっかり現実を受けとめてくれると思うので、あえて言いますが、一年だと思
ってください。ご家族との時間を大切にするのが一番ですから、東京の病院がよいとは限
らないですよ」
「いろいろと本当にありがとうございます。わかりました」
 と答える私。どうしてこんなにしっかりした口調で強がりのお礼を言うのだろう。恐ろ
しいことを聞いてしまって、一体どうすればいいのかわからないというのに。いつもだっ
たら夫の元に走り寄り、「あなた、どうしよう」と相談できるのに。
 考えるひまもなく、衝動的に長男、直彦の部屋に入っていった。ギターを弾いている直
彦に、
「直ちゃん、ギターなんて弾いている場合じゃないよ。パパはがんなんだから!食道がん
で一年しか生きられないんだって。どうする? 直ちゃんに言うのはかわいそうだと思っ
たけど、あなたは長男なんだから、お母さんと一緒にひとつひとつを知っていてもらわな
いと困っちゃうの」
 小声のつもりだったのに、叫び声になっていた。
「えっ、今日病院に行くって言ってたけど、そんなのウソでしょ」
「ウソじゃないよ。パパは一年しか生きられないんだって。一年なんてどうすればいいの」

 私は手に持っていたパジャマで目を拭きながら、すべての感情を直彦にぶつけていた。
まだ十四歳だというのに……。直彦は、顔も性格も夫にそっくりだと言われる。癌研の廊
下で外科の先生と話して以来、心の中にためていた不安を、つい長男に向けて爆発させて
しまったのだ。
「じゃあ、俺、高校には行けないね。仕事しなくちゃいけないから」
 意外な反応だった。まさか直彦が、父親ががんになったことを自分の進学に結びつけて
受け取るとは予想もしなかった。
「そんなことないよ、絶対に。何があってもお母さんが高校には行かせてあげるから」
 やはり、中学二年生に伝えるには早すぎたのだ。途方に暮れて夫に頼れなくなった不安
をぶつけてしまうなんて、どうしてこんな母親なんだろう。自分が情けなくて、また泣け
てきた。二人して涙をぬぐった。
 直彦、ごめんなさい。でも、お母さんを助けて。

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)