0510  第510話  さいごの約束 「第一章 恐ろしい宣告」

 

 帰宅してすぐ京子叔母に電話をかけた。叔母は最悪の場合を考えて東京の病院を
考えてくれていた。癌研に食道の手術がとても上手な外科医がいるという。
 その医師に叔母の親戚が紹介状を書いてくれるというのだ。一週間後になりそう
な水戸日赤の検査結果を待つよりも、一日でも早く専門医の診断を仰ぎたい。そう
思って、癌研に電話した。かなり無理にお願いして、翌日の朝十一時なら診てもら
えることになった。しかし、こちらで撮ったレントゲンと内視鏡の写真を持ってい
かなくては話にならない。私は水戸日赤に行って今日じゅうに出してもらえるよう
交渉してみようと決意した。

 病院に着くともう午後5時すぎ。外来は閑散としている。看護師さんを見つけ、
頼んでみると、当然のことながら不機嫌な顔になった。先生に連絡が取れるかどう
かわからないという。そこを、もう恥も外聞もなく頼み込んだ。夫の病気が判明し
てから、私は強引なお願いばかりしている。何やら奥で話をしていた看護師さんが
部屋から出てきた。
「先生の許可が出ました。今、お持ちします。でも、今回だけにしてくださいね」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。助かります」
 何度も頭を下げた。とにかくお願いしてみてよかった。出してもらった資料を抱
えて帰宅した。

 翌三月二十日、子どもたちを学校に送り出し、すべての仕事をキャンセルした夫
と共に上京した。今回初めて知ったのだが、「癌研」は正式名称を「癌研究会付属
病院」ていい、築地の国立がんセンターとは違う病院だった。大塚駅からタクシー
で数分のところにある。車を降りると、目の前にとてつもなく大きな「癌研病院」
という看板が立っていた。それを見上げながら夫はつぶやいた。
「すごいな。癌という字が堂々と病院の名前にそのまま入っているんだものな」
 私は「癌」という字が漢字でよかったと思った。もし、子どもたちが来ることに
なっても、きっと読めないから。(つづく)

 (坂本敬子著 「さいごの約束」 文藝春秋刊より)