0500  第500話  酒蔵の町・新川ものがたり 「診察」
  玉吉さん徒然草

 大正3年10月30日付、雄次郎あての書簡で「飲酒モ共ニ減量可致(い
たすべく)と存候」と節酒を決意した藤七ではあったが、翌4年6月28日、
35年間連れ添った妻・よしに先立たれ、さらに翌日、娘婿、範治を失い、
娘一家の生活の憂慮とともに、淋しさをまぎらわすため、その酒量は一段と
増加していた。
 同年末には体の不調を訴え、11月末と12月4日、佐藤医師の診察を受
け、さらに同月6日、佐藤医師の紹介によって北村胃腸病院長・北村精造医
師の診察をうけた。
 佐藤医師の診察は「肝臓ノ肥大ノ進行甚シク、自然身体全部ニ於テ血液循
環ノ不足ヲ生ジ、体力疲弊(ひへい)ノ傾キアリ。此儘ニテ摂生方依然タル
ニ於テハ、或ハ万一ノ事ナキヲ保証シ難ケレバ、第一ノ病根タル飲酒ノ節約
ヲ行ヒ、且ツ体力増進ノタメ、滋養物、栄養物ヲ用ヒ、季候ヲ見定メ、適度
ノ静養ヲ勉メラルベシ」というものであった。

 家族の心配は一通りではなかったのであろう。「雁皮の手帳」には「第一
ノ要領ハ生−忠吉」、「寿−とみ」、「酒・百薬之長−而(しかして)短又
長−雄次郎」、「摂−宗次郎」、「父の大酒には困り升−てい」と、各自そ
の思いを記している。
 翌5年6月2日付「雄次郎日記」には、「父上より久し振りニ来状、当方
御無沙汰、出状ノ催促也」、さらに11月30日付同日記には、「父上より
書状、一ヶ月後ニハ面会すべし、聊(いささ)か待遠也(まちどおしいなり)
とあり」とあって、藤七の孤独な心境をうかがうことができる。

 藤七がいろは歌にたくして、次の「玉吉さん徒然草」を記したのは、この
ころのことであろう。

玉吉さん徒然草
いの字  一っ時も早く直らずありかたや只神仏を
 祈けるかな
むの字  むくみしもよふやくとれて是からハ直る
 道にぞ趣にけり
ろの字  ろんよりも腰が立ぬが正真奈り是ぞ
 病の印ならん
うの字  うるさしや夜るハ蚊が食ふ昼は蚤看病
 人は御気の毒なり
はの字  はん日のひまを費す薬取是も身内の
 御蔭なるらん
ゐの字  ゐまに見よ病なをらば人々に此大恩を
 かへしてぞ見ん
にの字  にん間は兼て病の入物と思へどつらき
 病なりけり
のの字  のろきゆへ医師にどふだとたづぬれば
 もふ其用にあるけるといふ
ほの字  ほん復を今や今やと相待にもふ百日も
 ちかくなりける
おの字  おんぶにて道了様へ朝々の御加持に
 行も伯母の世話なり
への字  へい生の心もちにわ成ぬれと歩行ない
 ので困りけるか那
くの字  くすりやら神信心の御差図もあら難有
 き御店様なり
との字  とし寄はかかる病と聞きぬれば嘸心配を
 志てもいるらん
やの字  やく病の神ハ是にて追払福の神こそ入
 かわりあれ
ちの字  ちっとごと幾度も食へばこんとなり是ぞ
 水牢の基なるらん
まの字  まめまめと皆人々わ働に我わ寝ていて
 御浦山しき
りの字  りきんでも病にばかりかてぬ奈り皆人々
 の世話になりぬる
けの字  けんのんと人もあやぶむ大病も神の
 利益て直りぬるか那
ぬの字  ぬるからぬ医者の手際と知りなから余り
 長きに忙けるか那
ふの字  ふびんごと親なき我を人々のお世話で
 直る有難きか那
るの字  るすにして子供弐人もありながら看病に
 来る御心切か那
この字  こりこりと志たり今度の大病わ嘸看病も
 こりこりでせん
をの字  を陰にて直りましたといいたいがもふ
 一と月も掛りぬるらん
江の字  江んま様もふ少しにて帳面へおっとどっ
 こいそうわるかない
わの字  わかいから日たちになれば忽と医師も
 見舞に来る人もいふ
ての字  ていねいな皆さん方の御見舞に申し
 よふなき御礼なりけり
かの字  がくつくと医師の来る度口くせにやはり
 未にひざががくつき
あの字  あんしんと御加持や医師や御酒店様
 伯父と伯母にて五安心哉
よの字  よふよふに少しよいかと思たらまた目の
 上がはれにけるかな
さの字  さてうれしまづ是までハ直せしが医師の
 いふにも日たちかん志ん
たの字  た人さへ斯世話をする有難さ此御恩をぞ
 何でかへさん
きの字  きのどくと貰ふ度々いふ礼わかさねて
 見たら山々なるらん
れの字  れいいはゝ誰からいわん神仏とまづ
 御主人がはじめ成らん
ゆの字  ゆだんなく猶養生がかんじんと医師も
 見舞に来る人もいふ
ろの字  ろろろろと歩行て見たき此ごろやがく付
 ひざと筋がつりぬる
めの字  めの上のこぶにあらねどでき物にさても
 病の問屋なるらん
つの字  つねにさへ懇意の人も病気にわ力に
 なるわすくなかりける
みの字  みづあびて神をいのりし甲斐ありて直る
 も伯父の御蔭なるらん
ねの字  ねかわくば今月中になをりなば其悦わ
 何にたとへん
しの字  しばらくわかかる病に伏するとも此行末
 わ達者にぞなれ
なの字  なかなかにきかぬ薬のききめか那酒の
 ききめに少しあやかれ
ゑの字  恵び寿講病気なをらばもろともに大黒
 顔の高笑せん
らの字  らくあれば苦ある志やばとハいいなから
 わけて病わ苦けんなりけり
ひの字  ひまあれば只神仏をいのるより外に他念
 わなかりけるかな
(「も」、「せ」、「す」、「ん」 は今日見当らず)

(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
 沢和哉共編 清文社刊より