0499  第499話  酒蔵の町・新川ものがたり 「あいつぐ不幸」
  あいつぐ不幸

 大正4年は、木家に不幸の重なった年である。6月28日、中気で寝た
きりの生活をおくっていた妻・よしが59歳で死去。翌日には娘ていの夫・
木範治が、10歳の建一を頭に4人の幼児を残し、膀胱癌で死去した。
 32歳の働き盛りであった。
 「母危篤」の急報で急きょ、今津の長部家から帰宅した雄次郎は、よし、
範治死去の模様と悲しみを次のように日記に記している。

 ●大正四年六月二十七日 日 曇天後晴れ
  此夜、母危篤ノ急電ニ接し、十一時三十分梅田発東上、車中ノ人となる、
  曾(かつ)て味いたる事なき淋しき所感

 ●大正四年六月二十八日 月 曇天
  東上ノ車中、静岡附近にて夜明ける、車ノ遅きを頻
(しき)りニ怨む、午
  後二時品川駅安着、高輪宅へ入る、嗚呼
(ああ)遅かりき、天ニも地ニも
  掛替なき母君ハ今朝三時を以
(もっ)て永久ノ眠りニ就き給へるなりき、
  御遺体を拝して感無量、今夜近親集りて入棺ノ式を行ふ、此夕七時半、
  桐ヶ谷ノ火葬場ニ送り奉る、叔父巳之助君、二弟、伏見万二郎氏及
(およ
   び)
宗守護ス

 ●大正四年六月二十九日 火 曇天
  昨夜ノ疲れニ稍々
(やや)疲労を感じて寝坊、追々悔ニ参らるゝ方々あり
  原木山ニ籠って療養中ノ新堀兄上ノ容態も宜しからず、見舞ニ赴かんと
  せし時電話あり、兄上正午少し前、又此世
(このよ)を去られたりと、重
  ての不幸、只々茫然たるのみ
  父上始め今日ハ原木山ニ集りて、遺体をなくなく取納め、自動車ニ乗せ
  て新堀宅へかへる、誠ニ夢ノ如くなり、近親相集りて諸般ノ打合せをな
  す、殆ど徹夜、姉上ノ悲嘆、思ふも涙ノ種なり (中略)

(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
 沢和哉共編 清文社刊より