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0492 第492話 酒蔵の町・新川ものがたり 「旅の歌」
藤七、世界一周旅行に
4月6日横浜港から出航の地洋丸に乗船する藤七は、忠吉夫妻、範治、敬
一、健一、宗次郎、寿一の家族をはじめ、東京市の酒問屋の幟(のぼり)を
立て、さらに伏見市右衛門、深田米次郎、香川勝広、狩野良信ら親戚、友人、
知己150名を越す人びとに見送られ、新橋停車場を出発した。
その模様を同日付「藤七日記」は、「新川本宅起床、原島氏方、酒店ヱ御
暇乞(ごい)ニ上ル、宅前ニ酒問屋組、酒類問屋組、酒類仲買商組合ノ旗を
立送ラル」と記している。また、九時三十分新橋停車場を発車した列車内の
賑やかな光景については、翌7日付「東京朝日新聞」が次のように報道した
のだった。
汽車中の賑しさは又非常なり、豫(かね)て斯(かか)らんと期したる我
社は、特に鉄道院と交渉して一等ボギー車数両を全部に連結し置きたるが、
会員見送りの人々は其のいづれにも溢れて笑ひさざめく声、陽気とも春め
かしとも言わん方なし。
見送りの黒川龍太郎、川島仟司の二弁護士が職掌柄大の気焔を吐くあり、
第一回の一周会員田島達策氏が先輩ぶって一周旅行の快を説くあり、会員
浜野一郎氏の実父浜野新宿将軍の元気よく物語るあり、中にも木藤七氏、
俳名詩葉氏が携帯の即吟に一同をあっと言はするあり。
−此賑ひ兎角して一時間に渡り、十時半車は車内の歓声を包みて、車外の
歓声の裡(うち)に軋(きし)り入りぬ。
同日午後3時横浜港を出航した一行は、予定のコースを回遊し、7月18日
鳳山丸で敦賀に帰港した。
この間、5月23日から6月3日まで、ロンドンに滞在、セント、アーミ
ンスホテルに宿泊して、日英博覧会および市内の名所遊覧に12日間を費した。
このほか、アメリカではナイアガラの滝、グラント将軍の墓地、パリでは
エッフェル塔、ベルサイユ宮殿、スイスではルセルン湖、ドイツではライン
川下りなど、各地の名所旧蹟を見学して回ったのだった。
横浜出航にあたって藤七は、
代の春や鳥渡(ちょっと)世界を一めくり
芭蕉翁の見残したまひし世界一周の海外へ向ふ
月花や翁のふまぬ所まで
と詠んだ。また、この旅行にあたって彼は大きさが一立方メートルもある大
トランクと清酒「大関」の薦被(こもかむ)りを一樽、地洋丸に積み込んだ。
大関の積み込みは宣伝の意味もあったのであろう。
薦被りはサンフランシスコ到着まで飲み続け、同船者にもすすめて非常に
好評であったという。 (中略)
(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
沢和哉共編 清文社刊より)
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