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0488 第488話 酒蔵の町・新川ものがたり 「旅の記録3」
国内の旅
明治44年7月22日から9月8日まで、49日間にわたる藤七の九州・
鮮満旅行は、宗次郎、寿一の兄弟、自分が出店主の地位を譲った原島彦七の
子弟である宗一郎、立次郎の兄弟、さらに長男・忠吉の妻・とみの弟、伏見
正三(当時20歳)の5人を伴っての大旅行である。
この旅では、同行の伏見正三に「旅日誌」を書かせ、自分も九州・鮮満旅
行記を「雁皮の手帳」に記した。また事前に、旅行中の動性を知人、留守宅
に知らせるための挨拶文から氏名ゴム印まで用意したのだった。
藤七の記した九州・鮮満旅行記および伏見正三の「旅日誌」によれば、こ
の旅は7月22日、忠吉、原島彦七、大竹市五郎、孫の健一、修二らの見送
りを受けて、午後3時40分新橋停車場発の下関行急行列車に乗車。宮島、
三田尻、小倉、大分、油津、宮崎、鹿児島、人吉、熊本、長崎、武雄、久留
米、二日市、博多といったコースで遊覧した。
この間、英彦山(ひこさん)、耶馬溪、霧島、桜島、阿蘇等の観光地から、
付近の神社、仏閣を精力的に見学してまわった。
伏見正三の記した「旅日誌」には、7月22日沼津停車場で「持参の大土
瓶に茶を買ふ。ボーイ驚きて、之れに入れる湯があるか・・・は鳥渡お笑草
なりき」と記され、7月26日九州の霊峰、英彦山登山では、牛一頭、馬五
頭に乗って登ったとある。 この登山の模様について「旅日誌」には、
午前10時添田に着す。駅より町まで半里程炎暑の中を歩む。荷は 人を
たのみて是に依頼す。英彦山まで三里山道なり。炎暑山道三里 は無理な
ればとて、何にか乗りものをさがせどなし。漸く牛馬合せ て六頭をさが
す。或ル氷屋に入りて来るを待つ。涼風来たり睡魔に襲る事しきりなり。
牛一頭、馬五頭来る。
寿一君先づ牛に用意出来て出発。此の牛馬に経験なきは自分のみ、 少々
気味悪し。途中自分の馬先頭になる。 後隊を待つ。数十分にして来る。
自分も乗らんとした時、いかにせしか足をすべらし、見んこと落馬。幸に
頭を打つ事を免れたり。
と記されている。
(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
沢和哉共編 清文社刊より)
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