0487  第487話  酒蔵の町・新川ものがたり 「旅の記録2」
  国内の旅

 8月11日乗車した中国鉄道では、「車内ニ蒲団売が来た。 列車内の貸蒲
団は初めてだ」と車内で貸蒲団営業の行われていたことを記し、乗車した車
両が板張り座席であったことをうかがわせている。
 津山から米子まで72キロの行程は人力車。勝山から出雲街道を中国山地・
四十曲り峠(標高770メートル)の難所を越えて行かねばならなかった。
 8月12日、久世村から乗った人力車は、「松ヶ沢と云ふ所ニ来た。
 茲(ここ)で一旦下り、人力車の先ニ馬をつけて馬子がつく、都合三疋
(びき)がかり。馬、人力車ハ都人(とじん)ニハ目新しい」と、馬と人の
ひく人力車に乗車するという珍しい体験をする。

 さらに8月13日から21日まで、米子から小蒸汽船、あるいは人力車、
徒歩で、松江、今市、杵築(きつき)、倉吉、鳥取、浜坂、香住、一日市、
城崎、豊岡、宮津、大阪、のコースで遊覧する。
 8月17日鳥取では、鳥取停車場の北東2キロの樗谿(おうちだに)神社
まで、道筋をたずねた地元の老人に案内される。また停車場の北方5キロの
但馬街道では、「人家ある所を通るに、里人皆異様気に我を見つむ」と記す
など、鉄道全通前の素朴な山陰路の人情風俗に接したのだった。

 21日以降は米原経由で、福井、動橋(いぶりばし)、金沢、七尾、和倉、
直江津、長岡、高田を廻り、8月30日長野より碓氷のアプト式鉄路を経て
翌31日帰京。この間、8月23日には、大聖寺停車場〜山中温泉間約9キ
ロの鉄道馬車(山中馬車鉄道)を利用した。
 「日没大聖寺へ下車す。車内ニありし頃より小雨降り出せしが、愈々本物
となりたり。直ニ山中温泉行の鉄道馬車ニのる。6人乗が都合3台出せしが
懸る夜中ニ、にらめっくらし途中で馬をかへた。然るニ此馬所謂タレ馬で少
しも動かぬ。山中ニ着きそうな頃、一旦歩むと留ると云ふ風で、暗中、雨中
を暫く歩み、9時過山中ニ着く」と、今日では廃止され、見ることのできな
い鉄道馬車乗車の体験を記している。

(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
 沢和哉共編 清文社刊より)