0463  第463話  酒蔵の町・新川ものがたり 「パイプ役」
  若井本家のご案内

 出店主(支配人)の仕事は、店の経営状態から使用人の面倒にいたるまで
酒店万端の取り締りが主だったが、中でも、醸造元との信用、信頼の確保は
重要な業務の一つであった。
 四男・寿一も「酒を送ってくる醸造元には、できる限りのお勤めをして、
その信用−信頼をしっかりと握っていることは、酒問屋の支配人の最も大切
な仕事であったのだとおもう。また、本店のN銀行とも、いつも密接な渡り
をつけておかねばならないことになる」
(前掲書「酒蔵の町」)と記している。
 したがって灘の醸造元が出店主の家に宿泊されることも多く、支配人はこ
の接待に忙殺される。東京近郊の観光地をはじめ、歌舞伎座、吉原などに御
案内して歓待するのである。

 「酒蔵の町」にも、
 私が生まれた北新川の家は、町内(まちなか)にしては、庭も少しある方
 だし、間数もあった。土蔵の二階は十畳敷ぐらいの部屋の二間つづきであ
 った。子どもは汚ごすから、入ってはいけないという。少し茶室風の離れ
 の狭い二部屋もあった。私の生まれる前の年(明治31年)には、或る醸造
 元のご主人とお連の衆で十人余りの方が泊って賑やかだったという。

 東京へこられると聞けば「甚だ手狭で、万事行きとどきませんが、もし、
 およろしかったら、お泊り頂けますれば・・・」というのが、仕きたりで
 もあり、また礼儀でもあったのであろう。よその酒問屋ならば、ご主人の
 家に泊るわけだが、N酒店では本店は銀行だから、他の例にはないことだ
 が、支配人の家に泊って頂くことになるわけである。何分、手ぜまなこと
 であるから、大概は、然るべき旅館に泊られた。

 旅館では、次の間に心きいた若い番頭が控えていて、すべてのお世話をす
 る。他の店の人たちは、一切近づけない。歌舞伎座、吉原そのほかに案内
 したりして、すべてに手落ちのないようにお歓待(もてなし)をする。
 日光、箱根などに行くこともある。父は或る年に、日光へ11回いったと
 いうことである。すべてに満足して頂くようにした上で、新橋駅にお見送
 りするのである。
と記されている。(中略)

(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
 沢和哉共編 清文社刊より)