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0459 第459話 酒蔵の町・新川ものがたり 「伝馬船積込み」
藤七出店主時代の新川
酒樽の伝馬船積込みは、どの酒問屋も一斉に作業を開始するので壮観であ
った。
当時、灘五郷、堺辺からの送り荷は、郵船便と辰馬汽船、二社の船積みに
ほぼ限定されていたが、郵船会社の船や、辰馬汽船会社の多聞丸と攝海丸の
積荷を取り扱っていた東京艀会社の艀船への荷役も、時を同じくして開始さ
れた。郵船会社も東京艀会社も、専属の伝馬船と酒樽の扱いになれた大勢の
船頭を抱えていたのである。
艀(はしけ)会社の五大力船はやや川上で、郵船会社の達磨船は川下で各
荷役を開始した。樽の焼印で各問屋の上げ荷の見分けをして、それぞれの伝
馬船へ船移しをするのである。たちまちにして5、6艘の酒樽を満載した伝
馬船が出来上る。艀船の船頭は、いち早く新川の三ノ橋をくぐって、新川、
新堀、茅場町の各問屋の桟橋へアユビ板を渡し、問屋の伝馬船と入れ替りに
船をつなぎ、水揚げにかかるのである。
問屋の伝馬は、遠くは品川辺から浅草、万世橋辺、近くは新堀の地廻り問
屋、本所、深川辺の大手取引店への酒樽運漕を行い、山手方面からは手車や
馬車で引きとりにきていたのである。
当時の大樽は、四斗入の薦樽で二十二貫四、五百目、伊勢や、尾張の裸樽
は三斗七升五合入りで十九貫から二十貫。中国物は住田屋、八幡屋など廻漕
店の帆船で回送され、東京艀会社が取り扱っていた。(中略)
(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
沢和哉共編 清文社刊より)
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