0458  第458話  酒蔵の町・新川ものがたり 「永代橋」
  藤七出店主時代の新川



明治30年架設の永代橋 (明治45年・ともゑ商会刊 「東京府名勝図絵」より)

 藤七が出店主時代の明治30年11月、かつて日本橋区北新堀町から深川
区佐賀町へ架設されていた隅田川の永代橋が、日本橋川下手の霊巌橋通り大
川端町の地先から深川区相川町へ鉄製トラス橋として架けかえられた。
 東京府技師・倉田吉嗣の設計、工費8万3千6百58円。長さ100間2合
(約182.2メートル)、幅員46尺(約14メートル)の最新式鉄橋の
完成である。
 この完成にあたっては、中井酒問屋をはじめとして新川、新堀、茅場町の
各酒店から清酒2樽ずつを醵出しての盛大な開橋式が挙行された。
 開橋式の模様を、当時中井酒店に勤務していた横地信輔は次のように回顧
している。

 昔からずっと木橋であった永代橋が初めて吊り橋式の鉄橋に架橋されて、
立派な開橋式が挙行されたのは明治30年の10月の月末であった。新川、
新堀、茅場町の甲乙の酒問屋では各店から2樽づつの酒を寄贈した。
 それを永代橋通りの北側に急造した小屋掛けに積上げて酒の接待をした。
 市の役人や区吏や、有志の人と吉例の三夫婦の渡り初めが終ると酒の接待
が始まった。竹の柵(さく)を作って一人々々に子杓で酒を飲ました。
 好きな者は幾度も幾度も順に列に加はって一杯づつのその酒にありついて、
咽喉を鳴らしたのである。樽はどしどし鏡をぬいた、次から次へ。1時間も
すると往来に打倒れた酔漢が、あちこちに前後不覚に三々伍々、近所中の往
来や路地の交通をさまたげた。(中略)

(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
 沢和哉共編 清文社刊より)