0455  第455話  酒蔵の町・新川ものがたり 「長部(大関)酒造」
  成徳元年創業の長部(大関)酒造

 寛永年間(1624〜44)伊丹の人・雑古屋(ざこや)文右衛門が西宮
へきて酒造業を開始して以来、西宮、今津は海上輸送に便利なところから、
江戸積酒造業が著しく発展した。
 正徳元年(1711)の創業といわれる長部家は屋号が大坂屋で、三代目
まで大坂屋長兵衛を名乗り、当初、今津村におて油屋と干鰯(ほしか)屋を
営んでいたと伝えられている。
 当時の今津村は南北両組に分かれ、正徳期以降南組が酒造業の中心地で、
明和期(1764〜72)においては、小豆島屋(鷲尾)、木綿屋、米屋が
南組酒造業を支配していた。 この南組酒造業界に、明和元年大坂屋文次良
と改名した四代目が有力酒造業者(干鰯屋を兼業)として名を連ねたのは、
同4年(1767)のことである。

 当時、海浜に接した灘目(なだめ)一帯は、酒造業の発展とともに商業の
中心地、大阪、兵庫津に近接しているところから、酒、米、薪、材木、干鰯、
雑穀等を諸国に輸送する廻船業が発達しており、大坂屋においても早くから
廻船を所有していたようである。たとえば、寛政5年(1793)5月現在
においては、石州(島根県)浜田港の廻船問屋客船名簿、いわゆる「諸国御
客船帳」(清水家文書)によって、「万両」の帆印をつけた住徳丸(船頭・
大坂屋増五郎)を所有していたことが明らかである。(中略)

(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
 沢和哉共編 清文社刊より)