0449  第449話  酒蔵の町・新川ものがたり 「丁稚小僧」
  丁稚小僧の仕事

 玉吉(藤七)が7歳で中井酒店(下り酒問屋)へ丁稚小僧に入った慶応2
年(1866)という年は、開国派、攘夷派の対立などで政情不安が高まり、
社会情勢の騒然とした時代であった。

 徒弟制度、世襲が一般的であった江戸時代には、幼少期に丁稚奉公に入る
のが商家づとめの通例であった。前掲書「酒蔵の町」の中で、藤七の四男・
寿一も「長兄は父のあとを継いで11歳(注・満10歳)の時にN(注・中井)
酒店の小僧さんになった。それが世間の習慣で少しも不思議なことではなか
った。どこの酒店でも奉公に入った順番で小僧頭になり、番頭になってゆく
のだから、早く奉公したほうが、先ざきのためになるからである」と語って
いる。
 しかし、玉吉(藤七)の7歳入店は早すぎて、どう考えても例外である。
(中略)

 しかも商家の使用人には、丁稚、手代、番頭という絶対的な身分制度があ
った。丁稚奉公に入った小僧は、17、8歳で手代となり、商家の業務の主
要部分を受けもつ。さらに、7、8年から15、6年で番頭となり、業務の
一切を任されるのが一般的であった。

 酒店では小僧から小僧頭となり、番頭、蔵前(くらまえ)、売手脇、売手
(売人役)、支配人と昇進していく。売手は今日の販売主任にあたる職務で、
問屋店を代表して得意先との応接、商談の一切をきりまわし、支配人につい
で大きな権限を有していた。蔵前は今日の倉庫主任にあたる業務で、古くは
「播磨屋中井両替店記録」に出てくる「蔵出し」である。

(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
 沢和哉共編 清文社刊より)