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0429 第429話 酒蔵の町・新川ものがたり 「伝馬船」
水運から鉄道輸送へ
しかし、その後、鉄道の迅速性、安全性が見直され、大正2年度鉄道院の
調査によれば、東京積灘酒15万2593石のうち汽車便が13万3386
石(大正5年6月刊「本邦鉄道の社会及経済に及ぼせる影響」)と、東京積
灘酒の約87パーセントを占め、船便はわずか13パーセントと、その大半
が汽車輸送に転移したことを物語っている。さらに同書には、「鉄道開業前
は兵庫、大阪、東京方面へは総て海運に依りしも、今は概(おおむ)ね鉄道
便に依りて輸送せらるることとなれり。 而(しか)して仍(な)ほ海上に
依るものに在りても、鉄道便との対抗上其(その)運賃を低減し、之れが吸
収に努むるの傾向を生じたる為、荷主に於ては旁々(かたがた)利する処少
なからず」と、その状態が記述されている。
なお、新川の酒問屋から新堀の地廻り問屋、本所深川あたりの大手取引店
への酒荷も、掘割り、新川や亀島川、新堀川、さらに隅田川の水運を利用し
て各酒問屋の伝馬船による輸送がおこなわれた。
伝馬船は、明治30年(1897)当時、3斗8升入の酒樽(重量22貫
500〜600匁)を120樽から130樽積載、新川から最も近い新堀川
の酒問屋まで10駄(20樽)につき14銭の運漕料が支払われていた。
上等酒1升(約1.8リットル)の価格が25銭3厘という時代のことである。
(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
沢和哉共編 清文社刊より)
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