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0428 第428話 酒蔵の町・新川ものがたり 「鉄道輸送」
水運から鉄道輸送へ
明治初年、文明開化の幕あけとともに西洋型帆船や、船足が早く、しかも
風浪に強い蒸気船が外国から導入され、すでに新橋〜横浜間には、明治5年
(1872)の鉄道開通前から蒸気船による定期航路なども開設されていた。
江戸積下り酒の輸送に、従来の風帆船(1600〜1700石積)に変えて、蒸
気船使用の話は、すでに明治4年ごろから上方酒造家の間で論議されていた。
しかし、絶対数の少ない蒸気船の輸送力の点などから容易に実現せず、その
主力を蒸気船にゆずったのは、明治中期以降のことであった。
明治22年(1889)7月1日には東海道幹線新橋〜神戸間が全通し、
客貨の輸送を開始した。しかし、鉄道輸送は水運と比較して、安全、迅速で
あったにもかかわらず、下り酒の輸送手段は容易に転移しなかった。
すでに述べたように、灘酒は遠州灘の荒波にもまれることにより、吉野杉
の酒樽に水分が吸収されてコクのある銘酒となり、その味が江戸市民に好ま
れたこと、また鉄道に転移した場合の輸送ルートは、醸造元の酒蔵から西宮
駅あるいは住吉駅へ運搬し、ここで貨車に積み込み、新橋駅到着後、さらに
艀(はしけ)に積み変えて新川へ輸送するため、船便より輸送過程が不便で、
しかも割高であった。
(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
沢和哉共編 清文社刊より)
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