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0426 第426話 酒蔵の町・新川ものがたり 「上方趣味誌−1」
江戸時代の新酒番船
大正4年4月、灘今津・上方趣味社刊「上方趣味」創刊号には、この新酒樽
番船の輸送状況が次のように記録されている。
イザ江戸積舟が出るとなると、必ず此処からと定(きまっ)て居た西宮の
浜も其前(そのまえ)から景色立つ。灘一帯の酒造家でも、今年の新酒の
初積だ、縁起を祝って豪勢景気を付たもので、お饗応酒(ふるまいざけ)
に酔て踊り狂ふ連中もあったもの。
出船は総て八艘としてあって、其中(そのなか)で何(ど)の船が一を占
めるか、手柄を顕(あらわ)すか、自分の船を除いた後の七艘は皆敵である。
漕いで漕いで漕ぎまくってと、船頭の胸は互いに軋み合ふ。加太の瀬戸を
落さうか、淡路に出やうか、天気、都合が好くて追風(おいて)と来たら
と、夜な夜なの夢にも這麼念(こんなおも)ひが通ふ。
其(その)当日となると、祭礼のやうな浜の光景の中に、捻鉢巻に勇みを
見せた船頭の辺(あたり)は殺気が立って居る。
当時の伊丹は近衛様の御領分、酒は剣菱、男山で鳴らして来た土地だ。
豪気に威勢のあったもので、灘の江戸積舟が外(ほかの)土地の此伊丹の
酒を多少とも積なくては、纜(ともづな)が解(とか)れなかったと云う
にも其(その)程が知られる。
さあ伊丹の酒も来た、準備万端整ったとなると、杜氏の頭が浜辺に立って
旗を振る、出船の合図をする。ソレと計り八艘の船は、見る間に西の宮の
浜を離れて江戸を指して帆をあげる。 沖をゆくか、地方(じかた)を遣
るか、其処(そこ)は船頭の おもひおもひ、紀州沖から志州鳥羽の港へ
入込むで、偖(さて)一息くれて天気を見定めた上で、音に響いた遠州灘
を乗切ろうと云ふものだ。
(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
沢和哉共編 清文社刊より)
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