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0423 第423話 酒蔵の町・新川ものがたり 「積荷協定」
菱垣(ひがき)廻船と樽(たる)廻船
その後、樽廻船は灘酒造業の発展とあいまって菱垣廻船から完全に分離独
立し、積み荷に余裕のあるときは酒荷以外の菱垣廻船積みの荷物を安価な運
賃でひき受けるようになった。 したがって菱垣、樽両廻船の間に積み荷を
めぐっての紛争が絶えず、明和7年(1770)、安永元年(1772)、同2年
(1773)と3度にわたって積荷協定が締結されたが、なお裏で樽廻船に積み
込まれる荷物はあとを絶たなかった。
たとえば享保8年(1723)160艘あった菱垣廻船は、文化5年(1808)
には38艘にまで激減、下り酒の江戸入津樽数が百万樽を越えた文化文政期
(1804〜30)には、樽廻船は総数300艘にものぼり上方〜江戸間の
海運を完全に掌握した。その所要日数はすでに述べたように西宮〜江戸間に
3週間から1か月を要した。
たとえば天保15年(1844)江戸新川の鹿島屋庄助から灘の辰吉左衛門
あてに送った「仕切状」の例でも、同区間一往復に40日余りを要している。
(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
沢和哉共編 清文社刊より)
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