0414  第414話  酒蔵の町・新川ものがたり 「新川」
  徳川家康と江戸の開発

 隅田川(大川)から、大川端町、霊岸島四日市町、銀(しろがね)町、
富島町を過ぎて亀島川へ通じる延長600メートル足らずの掘割り・新川
の両岸一帯は、江戸時代から大正12年の関東大震災ごろまで、酒蔵の町
として繁盛したところであった。

 新川は上戸(じょうご)の建てた蔵ばかり
             「武玉川」宝暦の部
 しん川の手からは水をあびせられ
             「誹風柳多留」寛政の部
 新川の菰っかぶりは蔵住居
             「誹風柳多留」文化の部

 と、新川は江戸庶民の文芸・川柳にも数多く詠まれ、明治期においては
「風俗画報−新撰東京名所図会」(明治34年8月刊)に次のように紹介
されている。

 新川の名世に聞ゆるや久し。故に新川といえは、人皆酒問屋の本場たる
を知る。新川は実に天之美禄の分配所たり。酒船の往来する川流を夾みて、
左右皆問屋たり。酒庫(さかぐら)相連なる其の数幾棟なるを知らす。
凡(およ)そ酒問屋は下り酒、地回り酒の二種に区別し、下り酒は寛文、
貞享年間、下り酒酢醤油問屋と称し、人員八十名あり。

(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
 沢和哉共編 清文社刊より)