0409  第409話  酒蔵の町・新川ものがたり 「丹波杜氏」
  平安から江戸時代にいたる酒造り

 さらに、
  丹波出るときあ涙で出たが
   藍の日出坂 うたで越す

 の唄が示すように、丹波篠山を中心とするこの地方(京都府、一部は兵庫県)
から、冬の農閑期を利用して、灘を中心とする攝津、泉州(せんしゅう)12
郷の醸造地帯へ進出した勤勉で研究熱心な、杜氏(酒造りの熟練工)の優れた
技術があった。この技術は、親から子へと受け継がれ、銘酒「灘の生一本」を
つくりあげていった。

 また、この地方は、酒造りに適した寒気、湿気、船積みの便など自然環境に
も恵まれていた。
 さらに近世に入っては、六甲山系の急流を動力に利用する水車が採用され、
従来の足踏み精米の八分搗きと比較して2割前後も精白度を高めたばかりでな
く、精米可能な米の量を飛躍的に増大させ、ひいては量産化への道を開いたの
だった。

 以上述べてきたさまざまな要因のほかに、大関株式会社・11代長部文治郎
社長は、265年も続いた平和な江戸時代が背景にあったことを、その要因の
一つとして挙げている(「灘の酒博物館」昭和58年講談社刊)

(酒蔵の町・新川ものがたり 大関と木藤七、木藤夫、木文雄、
 沢和哉共編 清文社刊より)